口腔内金属修復物のX線分析顕微鏡による迅速分析


1. 研究の背景・目的

 金属アレルギーは金属製のアクセサリーや歯科・医療用材料から汗、唾液、体液などに金属イオンが溶出し、体内のタンパク質と結合してアレルゲンとなることにより発生する。金属アレルギーの症状としては、原因物質に接触した部位の皮膚炎(口腔内であれば歯肉炎や口内炎など)だけでなく、湿疹や掌蹠膿疱症など全身的な症状を示すこともある。アレルギーを起こしやすい金属成分としてはニッケル、コバルト、スズ、水銀、クロム、パラジウムなどがあり、いずれも歯科用合金として多く含まれている成分である。また口腔内は唾液で満たされており、金属イオンが溶出しやすい環境にあるため、歯科の金属修復物が金属アレルギーの原因物質として疑われることが多くなっている1-3)。金属アレルギーの治療においてはパッチテストなどによりアレルギー反応を示す金属元素を特定すると共に、その金属元素を含む製品(腕時計、装身具など)や口腔内金属修復物を排除して経過を観察する事が多い。しかしながら歯科修復物の場合には高カラット金合金など特徴的な色調を示す一部の合金を除いて、その合金組成を特定することが困難である。そこで修復物の合金組成を非破壊的に分析する必要がある。

 金属床や矯正線など可撤性のものであれば問題はないが、大部分の歯科修復物は合着・固定されており一時的な撤去は困難である。歯科用の回転切削器具で修復物の一部を削り、その小片を元素分析する方法もあるが、金属修復物の機能や形態を損なうだけでなく、切削時に飛散する粉末がアレルギー反応を悪化させる可能性もある。また多くの場合、口腔内の修復箇所は複数箇所あり、数例から十数例の試料を効率よく元素分析しなければならない。金属試料の元素分析法としてはX線マイクロアナライザ(XMA)やX線光電子分光(XPS)がよく用いられるが、いずれも試料を高真空下に置く必要があるため、試料のセッティングに時間を要し、操作も容易とは言い難い。

そこで金属修復物の機能・形態を損なうことなく、必要最小限の試料を他に飛散させることなく採取し、多数の試料を短時間で簡便に分析する方法が求められている。

2. 内容・方法

この問題点を解決するため、著者らは歯科材料研磨用の微粒シリコーンポイントを低速で回転させて対象となる金属修復物を僅かに擦過し、金属が付着した部位をX線分析顕微鏡と呼ばれる装置で蛍光X線分析を行って、成分元素を特定する方法を開発した4)。使用した材料・器具は一般に歯科治療・技工用具として使用されているものとした。

試料採取用器具として、表1に示す4種の歯科材料研磨用のポイントを使用した。これらポイントを電気エンジンを用いて低速(1000〜2000rpm)で回転させて、各種歯科用合金を研磨した。図1に金属材料(金銀パラジウム合金)を採取した各ポイントの写真を示す。先端の褐色に変色した部分が研磨により金属が付着した部位であり、研磨時間が長いほど試料採取量が増加し、ポイント上に濃く金属粉末が付着している様子が分かる。5秒程度の研磨で試料はポイント状に十分に付着しており、この状態での金属の研削量は数十μgに過ぎない。従ってこの程度の研削では口腔内の金属補綴物の摩耗は僅かであり、形態や咬合状態への影響は無視できる程度である。

表1 使用した研磨用ポイントの種類(いずれも(株)松風 製)

商品名

略号

主成分

セラマスター

Cera

ダイヤモンド

ホワイトポイント

White

アルミナ

シリコーンポイント M-type

Si-M

炭化珪素

シリコーンポイント P-type

Si-P

炭化珪素

 ポイント上の対象金属付着部位をX線分析顕微鏡(堀場製作所:XGT-2000V)により蛍光X線分析を行った。同装置の概略を図2に示す。X線分析顕微鏡ではキャピラリを用いてX線を100μm(または10μm)に集光して、試料の特定部位に照射し、試料から発生した蛍光X線を半導体検出器で検出する。蛍光X線のエネルギーは一般に原子番号が大きくなるほど高くなり、金属元素の発する蛍光X線は十分に高エネルギーであるため、大気による吸収がほとんど起こらない。そのため、この方法では試料を大気中に置いたまま元素分析可能である。試料室が大気雰囲気であるため、試料をセットが極めて容易なだけでなく、セット後直ちに分析が可能である(真空排気などの手間がかからない)。また測定部位をCCDカメラで確認できるため、本研究の試料の場合にはポイント上の試料付着部位をモニタで確認しながら分析が可能である。そのため分析に要する時間が短く、試料をセットして早ければ1〜2分で蛍光X線スペクトルが得られる。本実験では一試料につき100〜200秒の分析を行って、得られた蛍光X線スペクトルから合金成分の特定を行った。

2 X線分析顕微鏡の概略図

3. 結果・成果

 図3に使用した各種ポイントの蛍光X線スペクトルを示す。これらは実際の金属分析時のバックグラウンドとなるため、低い方が良く、また歯科用合金に一般に含まれる元素がないことが望ましい。最も優れているのはダイヤモンド砥粒を用いたポイント(図中、Cera)である。ダイヤモンドは炭素からなるため、その蛍光X線は試料室内の大気で吸収され検出器に届かない。そのため、同スペクトルでは装置に由来するロジウム(X線源由来)と鉄(筐体由来)が見られるだけである。アルミナを主成分とするホワイトポイント(図中、White)もアルミニウムと僅かにシリコン、カルシウムが検出される程度で、バックグラウンドが低い。アルミニウムは金属元素としては最も軽元素の部類に属し、その蛍光X線は低エネルギーであるため試料室内の大気に吸収され検出器に到達しにくいため、バックグラウンドが低くなるものと思われる。2種類のシリコーンポイント(Type MとType P,図中、Si-M, Si-P)は炭化珪素と酸化チタンを研磨剤として含むため、シリコンとチタンのピークがバックグラウンドとして出現する。但し、歯科用チタンを除いて主成分としてこれらの元素を含む歯科(生体)用合金はないため、いずれのポイントも合金成分の分析を阻害することはないと考えられた。

 実際に各ポイントで金銀パラジウム合金を同一条件で採取した後の蛍光X線スペクトルを図4に示す。CeraとSi-Mでは合金に由来するパラジウム、銀、銅、金のピークが明瞭に観察される。Si-Pではこのピークがやや弱くなり、Whiteでは合金由来のピークが全く見られない。試料採取後の写真が図1であるが、前3者のポイントには合金の付着部位が明瞭に見られるが、Whiteでは合金付着部位が見られず、研削した金属粉末をポイント上に保持できていないことが分かる。この結果から金属試料採取用にはCeraとSi-Mが有効であることが分かった。バックグラウンドが最も低いCeraは合金成分のピークを明瞭に示し、元素分析に最も優れていた。しかし、このポイントはダイヤモンド砥粒を用いるため高価(Si-Mの約5倍)であるため、汎用には適さない。Si-Mはややバックグラウンドが高いが、合金成分すべてのピークを明瞭に示し、バックグラウンドは成分の特定を阻害しない。そのため安価なSi-Mが汎用の分析には有効と考えられ、特に精密な分析にCeraを用いるのが適当と考えられた。

 図5は貴金属合金3種(金パラジウム銀合金、18k金合金、白金加金)、図6は非貴金属合金3種(ニッケル−クロム合金、銀合金、アマルガム)のXSAMによる分析結果を示している。なおこれらの図ではシリコーンポイントから発生する蛍光X線やバックグラウンドは演算により除去している。用いた計6種の合金の組成は表2に示しており、濃度が2〜3%以上の主要合金元素が明瞭に検出されていることが分かる。これより各種歯科用合金の主要成分が検出できており、合金の種類を同定するに十分であると考えられた。


図5(左) 貴金属合金の蛍光X線スペクトル  図6(右) 非貴金属合金の蛍光X線スペクトル

 

図7は実際に金属アレルギーが疑われた患者の口腔内の金属補綴物をシリコーンポイント(M-type)で採取・分析した例である。この例では10ケ所の金属修復物を分析し、それらは図7に示す5種類の合金に分類された。非貴金属系銀合金(Ag-Sn-Zn系とAg-In-Zn系)は類似したスペクトルを示すが、InとSnの蛍光X線に相当する3.3〜3.8keV付近のスペクトル形状を詳細に比較することにより、識別することが可能であった。また同様の分析を行った別の患者の場合、金属アレルギーによると思われる口腔内の発赤や掌の炎症が見られ、パッチテストで亜鉛のアレルギーが疑われた。本方法による分析で口腔内の金属修復物でAg-In-Zn系合金が発見されたので、これを除去して経過観察したところ、除去後三ヶ月程度でほぼアレルギー症状が消失した。

本方法による分析は僅かに口腔内金属を擦過するだけなので患者への負担がなく確実に成分を同定できるため、金属アレルギー患者への応用に於いて極めて有効であると考えられた。また分析に使用するポイントは表面の付着物をドレッシングにより除去して再利用することが可能であり、蛍光X線分析装置の使用においても通常の家庭用100V電源で供給できる電力と少量の液体窒素を必要とする程度であり、分析に要するランニングコストは低いものとなっている。

4. 今後の展開

 現在も引き続き北海道大学病院歯科診療センターに来院した金属アレルギーを疑われる患者の、口腔内の金属補綴物の分析を診療各科と共同で行っており、本研究の知見を元に更に精度の高い分析を行って金属アレルギーの治療に貢献することを目指している。

【参考文献】

1) Brune D. Metal release from dental biomaterials. Biomater 1986; 7:163-175

2) 濱野英也,魚島勝美,苗 維平,益田高行,松村光明,埴 英郎,北崎祐之,井上昌幸:金属アレルギーと口腔内修復物の成分組成に関する調査,口病誌1998; 65: 93-99

3) Wataha JC. Biocompatibility of dental casting alloys: A review. J Prosthet Dent 2000; 83: 223-234

4)Uo M, Watari F. Rapid analysis of metallic dental restoratives using X-ray scanning analytical microscope. Dent Mater 2004; 20: 611-615

表2   試験した合金の組成 (原子%)

合金名

Au

Pd

Pt

Ag

Cu

Sn

Zn

Ni

Cr

Hg

金パラジウム銀合金

(New gold-palladium*)

6.3

19.6

 

46.2

27.8

 

 

 

 

 

18k金合金

(18k Gold*)

55.8

 

 

12.2

32.0

 

 

 

 

 

白金加金

(Protor 3)

48.9

5.2

1.8

15.5

23.3

 

5.4

 

 

 

Ni-Cr合金

(Betalloy§)

 

 

 

 

16.1

 

 

71.1

12.8

 

銀合金

(Milosilver#)

 

 

 

60.1

 

16.8

23.1

 

 

 

アマルガム

(Dispersalloy &)

 

 

 

43.0

12.5

10.1

1.0

 

 

33.4

* 石福金属工業                 Cendres & Metaux SA  § 矢田金属工業      # ジーシー     & Dentsply