◎多孔質ガラス



1.はじめに
 無機多孔質材料とは多孔質ガラスや多孔質セラミックスのように内部に無数の微細な孔を有した無機材料であり、無機多孔質材料は有機系の多孔質材料に比べて以下のような特徴を有している。
(1)細孔径を数nm〜約10μmの間で制御可能であり、シャープな細孔分布を持つ
 多孔体が得られる。
(2)骨格が酸化物からなるため耐熱性に優れ、種々の有機溶媒や酸の影響を受けず
 微生物にも侵されない。
(3)機械的強度に優れ、反応容器内での寸法安定性が高い。
(4)表面修飾が容易である。
この特徴を生かして、無機多孔質材料は分離膜や触媒担体など多方面に応用されており、応用の一つに酵素・微生物等の固定化担体としてバイオテクノロジーへの応用も試みられている。
左記に多孔質ガラスのSEM写真を示す。


2.無機多孔質材料の合成
(1)多孔質ガラス
 多孔質ガラスは1940年頃に米国の特殊ガラスメーカーであるコーニング社により開発された。この多孔質ガラスを高温で処理し、無孔化したものは96%の高ケイ酸質で「バイコールガラス」の商標で知られており、多孔質ガラスは「バイコールガラス」の中間製品として得られたものであったが、均一な径の貫通細孔を持ち、最大で数百m2/gの比表面積を持つことから、多孔体としての応用が研究されるようになった。多孔質ガラスの合成方法はガラスの相分離現象を巧妙に利用している点で非常に興味深い。


上図はその工程を示しており、原料となるSiO2(ケイ砂),H3BO3(硼酸),Na2CO3(ソーダ灰)から通常の溶融プロセスによりNa2O-B2O3-SiO2系ガラスを作製し(図1(a))、これを成形した後に数百℃で熱処理を行うと、ガラス内部でSiO2リッチ相とNa2O-B2O3リッチ相に数nmのスケールでスピノーダル分解による分相がおこる(図1(b))。この分相ガラスを酸溶液に浸漬すると、Na2O-B2O3相のみが酸で溶出され、図1(c)のようにSiO2骨格を持つ多孔質ガラスが得られる。
この方法で得られる多孔質ガラスの細孔は表面から内部まで連結した貫通細孔であり、細孔径は熱処理条件により容易に制御できる。以上は基本的な工程であり、実際にはガラス組成や熱処理条件などメーカーによって種々の工夫が為されている。

(2)多孔質セラミックス
 多孔質セラミックスは細孔径がオングストローム単位からmm単位の広い範囲に渡り、主に粒子径を制御した骨材粒子を焼結して得られる。多孔質セラミックスにはゼオライトのように結晶構造内の空隙を細孔とするものと、アルミナなどの微粒子結合体の粒子間隙を細孔とするものがあり、工業的に広く利用されている。
また近年、多孔質ガラスと同様に緻密体の一部を溶出して多孔質セラミックスを作成する方法が考案されている。CaO-TiO2-P2O5系ガラスからCaTi4(PO4)6及びCa3(PO4)2結晶を析出させ、Ca3(PO4)2結晶のみを溶出する事で細孔分布の揃った多孔質セラミックスを得られる事が報告されている。

(3)ゾルーゲル法による多孔質ゲル
 近年、新しいガラスの製造法として注目されているゾルーゲル法は、金属の有機及び無機化合物の溶液をゲルとして固化し、ゲルを乾燥・加熱し酸化物固体を作成する方法である。現在、広く用いられている金属アルコキシド溶液を用いたゾルーゲル法ではアルコキシドの加水分解反応と脱水縮合反応によりゲル化が進行する。例えばテトラエトキシシランを原料としたときの加水分解・脱水縮合反応はそれぞれ(1),(2)式で示される。
  Si(OC2H5)4 + 4H2O → Si(OH)4 + 4C2H5OH↑ ・・・(1)
  Si(OH)4 → SiO2 + 2H2O↑ ・・・(2)
(2)式の脱水縮合反応の結果得られるシリカゲルは内部に溶媒や水を含み、それ自体が多孔体であり、内部に数nm程度の無数の細孔を有している。(通常は緻密なガラスを得るため、この多孔性ゲルを焼成する) 下図はゾルーゲル法によるガラスの合成過程を模式的に示したものである。


またゾルーゲル法の出発溶液に有機高分子を混合することによりμmオーダーの細孔を持つ多孔質ゲルが得られることが報告されている。これはゲル化の進行に伴い、生成したシリカ重合体と有機高分子を含む溶媒とのスピノーダル分解により形成された分相構造がゲル化により固定されるためであり、出発溶液中の有機高分子や水の濃度、及びゲル化時の温度により細孔径を制御する事が可能である。またゾルーゲル法によると無機ゲルを低温で合成できるため、ゲル内部に酵素や微生物等を包括することが可能である。



4. 生体触媒の固定化
 微生物学や生化学の進歩により微生物や酵素等の生体触媒が広く工業に利用されるようになったが、多くの場合そのプロセスはバッチ式、すなわち基質溶液に生体触媒を投入し、反応後に除去する方法が取られてきた。この方法では各バッチ毎に大型の反応槽を用意する必要があり、大型のプラントが必要になる上、一度使用された生体触媒を回収し再利用するのは極めて困難である。これでは酵素や微生物を一反応毎に捨てることになり酵素の精製や微生物の培養に必要なコストを考えると、非常に不経済な使用方法である。
 そこで生体触媒を固体表面(内部)に固着した状態で利用し、回収する事が考えられた。これが固定化生体触媒(固定化酵素、固定化微生物)である。
固定化生体触媒を用いると次のような利点がある。

(1)反応の開始、停止を固定化酵素の添加、除去により容易に制御できる
(2)生体触媒と生成物との分離が容易になり、プロセスを簡素化できる
(3)固定化生体触媒を充填したカラムに原料溶液を通すことで反応を進行させられるので、装置を小型化できる
(4)生体触媒を繰り返し使用出来るので経済的である
(5)固定化により酵素や微生物の安定性が向上する(場合がある)

 生体触媒を固体表面に固定化する方法はこれまでに数多く開発されており、それらは次の三種類の方法に大別される。下図はそれらを模式的に示したものである。

(1)担体結合法:水不溶性の担体に酵素を結合させる方法
(2)架橋法:担体を使用せずに酵素を2個もしくはそれ以上の官能基を持つ試薬と
 架橋反応させて不溶化する方法
(3)包括法:酵素をゲルの微細な格子の中に包み込むか、半透性のポリマーの皮膜
 によって被覆する方法



 生体触媒を固定化するための担体としてはセルロース等の多糖類やポリビニルアルコール,ポリスチレン等の有機系担体と共に多孔質ガラス、多孔質セラミックス等の無機多孔質材料も広く用いられている。以下に酵素及び微生物を多孔質ガラス・セラミックスに固定化する方法と応用例を示す。


5. 固定化酵素
 多孔質ガラスはその広い比表面積や耐化学性から酵素固定化用の担体やアフィニティークロマトグラフィー用の担体として古くから用いられてきた。特にポーラスバイコールガラスは“Controlled Porous Glass (CPG)”という名称で開発元のコーニン謗ミ等から市販されているため、容易に入手可能であることがCPGが担体としてよく用いられている一つの理由であろう。
CPGを含む無機多孔質材料に酵素を固定する場合には共有結合により酵素と担体を結合させる担体結合法が主に用いられる。多孔質ガラス表面に酵素を結合させるためには、表面処理によりガラス表面に反応性の高い基を導入する必要がある。表面処理試薬としてはγ-アミノプロピルトリエトキシシラン(γ-APTES)が広く用いられている。γ-APTESによるガラス表面の改質は以下のように行われる。

このようにしてガラス表面に導入されたアミノ基は酵素内のカルボキシル基と脱水縮合するため、ガラス表面に酵素が共有結合される事になる。(酵素を構成するアミノ酸には側鎖にカルボキシル基を持つものが多く存在する)


実際に酵素を固定化する際には、上記の方法だけでなく次に示すように更に表面改質が行われる。

図6はLappiらが図5に示した方法でヒドロゲナーゼをガラスビーズ表面に固定化し、固定化酵素の安定性を比較した結果である。この酵素は空気雰囲気下で保存した場合には固定化していない酵素(図中soluble)は数分で活性を失なうのに対し、固定化した場合にはいずれも失活速度が低下していることが分かる。特にコハク酸誘導体に固定した場合には4日保持した後も固定化直後の約70%の活性を示しており、安定性が著しく向上していることが分かる。
他の酵素においても固定化時の酵素特性は固定化方法に大きく依存することが知られており、固定化酵素を作成する際には種々の固定化法を試行し、酵素に応じた固定化方法を探索する必要がある。
 図6にもあるように固定化により酵素の安定性は一般的に向上するが、その理由は次のように推測されている。先に述べたように酵素(タンパク質)は複雑な立体構造を取っており(図3)、その立体構造が酵素の触媒能力や物質識別能力に大きく作用している。熱や他の化学薬品等により立体構造が破壊されると酵素の触媒能力は失われる。これを酵素の変性という。酵素を固定化した場合には酵素−担体間に複数の化学結合が生じる事により、一般的には酵素の立体構造が補強され変性しにくくなると考えられる。これを模式的に示したのが図7である。酵素を工業的に使用する際には、酵素が長期間に渡って安定に働く事が求められるため、固定化による酵素の安定性の向上は好ましい。


 また先に述べたようにゾルーゲル法は低温でガラス(ゲル)を合成できる事から、酵素をゲル内部に包括する事も可能である。最初にゾルーゲル法により酵素を包括固定したのはイスラエルのBraunらである。Braunらはテトラエトキシシランを含む原料溶液に酵素アルカリフォスファターゼを添加し、ゾルーゲル過程を経てアルカリフォスファターゼをゲル中に包括固定し、同酵素がゲル中でも活性を示す事を報告している。一般にゾルーゲル法で得られるゲル体はnmオーダーの細孔を有した多孔体であり、この場合、酵素はこのような細孔内にトラップされていると考えられる。
この方法は前記の多孔質ガラスの場合に比べ、担体の表面処理等複雑な操作を必要とせず、ゾルーゲル法の原料溶液に酵素を添加するだけで固定化酵素が得られるため、簡便な酵素の固定化方法として興味深い方法である。反面、テトラエトキシシランのような反応性の高い試薬により酵素が失活する可能性が高く、担体が多孔性でないため固定化した酵素が有効に利用されない等の欠点もあり、今後更に改良される事が望まれる。